大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和53年(う)1345号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、検察官の職務を行う弁護士森本脩が提出した控訴審趣意書に、これに対する答弁は、弁護人菊池利光、同飯島正典が連名で提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

第一控訴趣意第一の理由不備・理由の食い違いの主張について

所論は、原判決には理由不備・理由の食い違いがあるとして、次のように主張する。すなわち、原判決には多くの証拠の無視、看過、曲解、あるいは明らかに存在する証拠に対する理由のない否定的判断があり、これらの重大な誤りは、単に判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認に止まらず、刑訴法三七八条四号所定の理由不備・理由の食い違いに該当する、というべきであり、具体的には例えば、原審証人程田福松は被告人に対し宮本身分帳の写真撮影を許可したことをはつきり供述しているにもかかわらず、原判決は「証人程田は、当公判廷においても被告人に宮本身分帳の写真撮影を許可したことはない旨供述している。」「同所長は、当公判廷においてもこれを強く否定している。」旨判示して、記録上明白に存在する証言を何らの理由も示すことなく否定しているのをはじめ、電話連絡することが相手方の出張不在等のため不可能であると証拠上認められる日時に被告人が南部課長と電話で通話したなど、何らの理由の説明もなく誤つた認定をしている点が計七か所にわたつて存在している、というのである。

しかしながら、所論が誤りとして指摘するところは、いずれも、原裁判所の自由心証に基づく採証判断が不当であることを理由とする事実誤認の主張、ないしは刑法一九三条の解釈の誤りまたは右の罪の構成要件該当性の評価の誤りに起因する事実誤認の主張に帰着するので、所論の指摘する諸点は後記の事実誤認の主張に対し検討する際に参考として考慮することとし、理由不備・理由の食い違いの主張自体は失当として排斥することとする。

第二控訴趣意第二の事実誤認、同第三の法令解釈適用の誤り、同第四の訴訟手続の法令違反の主張について

所論の事実誤認の主張は要するに、原判決が被告人の行為を裁判官としての職権の濫用であると認めるに足りる証明がないとしたのは、被告人が職権行使を装つた事実を直接認定できる証拠があるのにこれを看過したためか、または、右職権仮装行為を肯定できる情況事実および証拠があるのにその情況事実の評価および証拠の判断を誤つたためか、あるいは、職権行使の仮装と見られる事実関係を認めながら、刑法一九三条の罪の構成要件の解釈を誤つた結果、当該事実の法的評価に誤りをきたしたためか、以上いずれかの理由によるものであり、そのいずれであるにせよ、判決に影響をおよぼすことが明らかな事実誤認を犯しているものである、という主張と解せられる。なお、所論の法令解釈適用の誤り、ならびに訴訟手続の法令違反の各主張はいずれも結局、事実誤認の主張に帰着するものと解せられる。

ところで原判決は、職権濫用罪が成立するためには、被告人が担当事件の裁判に必要な調査である旨、ないしは裁判官の職務上の研究・参考にするため必要な調査である旨、職務行為を仮装したことが必要であるのに、本件では、被告人が担当事件の裁判に必要であるかのように装つて使つたという言葉についてはその証明がないうえに、刑務所長らが被告人の行為を裁判官としての職権を行使するものであると誤信するような事情もなく、従つて被告人の行為が裁判官としての職権の濫用によるものとするには、その証明が十分でない、と判示する。

そこで検討してみるに、被告人が本件身分帳簿の内容を入手するに際し、現に担当している事件の裁判に必要であるかのように仮装した事実について証明が十分でないとした原判決の判断は、当裁判所もこれを肯認することができる。しかし、被告人が職務上の研究・参考にするため必要な調査であるかのように仮装したことを否定した原審の判断には、以下に述べるような理由ならびに情況証拠に徴し、誤りがあると認められる。

(一) まず裁判官の職権の範囲・内容について検討してみるに、裁判官が職務権限に基づいて行なう調査行為としては、裁判官が現に担当している特定の事件についてする証拠調べ等、固有の職務権限に基づく調査活動がその主要なものであるが、その他、裁判官が将来担当することあるべき事件一般の研究・参考に資する目的で、裁判官としての地位、身分に基づいて行なう調査や資料の収集行為も、その方法・態様が調査目的や調査事項と相まつて、裁判官が公的立場で行なう調査活動であると外形上認められる場合には、これまた裁判官の一般的職務欄限に基づく職務行為であるとしなければならない。従つて例えば、裁判官が司法研修所長の委嘱を受けて行なう司法研究は、担当事件の処理事務と同じく、裁判官の職務行為の一形態として認めてよい典型的事例であつて、裁判官の言動が司法研究ないしはその準備のために公務所などに対して調査をするものと一般に認められるような外形を伴つている場合には、これを裁判官の職務権限に基づく行為として評価すべきであり、また、裁判官が量刑その他執務上の一般的参考にするため刑務所等の関係外部機関に出向いて受刑者や刑余者等に関する資料の提供を求めたりすることも同様に解せられる。そして、このような職務行為は法律上の強制力を伴つてはいないにしても、相手方に一定の負担を負わせ、義務のないことを行なわせる点では強制力を伴う職務行為との間に差違はないのであるから、依頼などの形式による職務行為を強制力を伴わないからという理由で職権濫用罪の構成要件の対象外に置くことは相当でない。従つて、裁判官がその一般的職務権限に属する事項につき裁判官としての公的立場で調査ないしは資料の収集をするかのように装つた行為に出た場合にも刑法一九三条の罪が成立するものと解さなければならない。

(二)  身分帳簿は、被収容者の名誉等に直接関係するため密行されている行刑上の必要事項が記載されているものであつて、被収容者の名誉・人権に関する事項をはじめ、その処遇上参考となるべき事項および行刑当局のみが知り得る事項等、施設の適正な管理運営上必要な事項を含むものであり、その内容は職務上知り得た秘密に属するものが多く、その内容が開示された場合には、関係人の名誉および人権が著しく侵害されることになるばかりでなく、被収容者の施設に対する信頼関係が損なわれ、ひいては行刑処遇の円滑な実施が困難となるなど、施設の管理運営全般にわたつて支障を生ずることになるおそれがあるので、身分帳簿は外部に対しては当然に秘とすべき性質のものである。従つて、身分帳簿の部外機関への提出は、原則として、法律上正当な権限または利益を有する機関等から正当な手続に従つて要求された場合に限られる。そしてこの理は、身分帳簿が秘密文書としての法規上の指定を受けていなくても、また保存期間を経過し、廃棄処分が許される状態になつている場合でも、異なるところはない。そして、身分帳簿がこのような性質の文書である以上、その保管責任を負う刑務所長が、裁判官からの私的な依頼に対し、裁判官に対する信頼感あるいは畏敬の念だけから、自らの保管責務を放棄して、依頼者の個人的な調査・研究行為に便宜を与え、閲覧・撮影を許容するということは、他に特別の事情が存しない限り、一般には容易に首肯することが困難なことであるといわなければならない。

(三)  被告人の閲覧要請に対して刑務所長がとつた措置につき検討してみるに、同所長は被告人から電話による依頼があつた旨の報告を受けた後、庶務課長に命じて被告人の身元を確認させ、また被告人に対しては法務省矯正局か矯正管区の了承を得て来るよう求め、自らも矯正管区の意向を聴き、また、被告人が調査を終えて辞去した後、矯正管区に調査の結果を報告しているのであるが、同所長のとつたこのような一連の措置については、身分帳簿の閲覧を許可する権限は刑務所長にあるという建て前からすれば、上級庁の了承を得るよう求めることは必要のないことであつたということはいえるにしても、所長としては電話による口頭の依頼だけでは依頼者の身元や職務について十分な確認を得ることができなかつたので、その不足を補う意味で、書面等による証明に代えて上級庁の了承を得ることを求める措置に出たものと思われるのであつて、このことは特に異とするに足りないところであり、同所長の右の対処の仕方はむしろ同所長が被告人の依頼を職務に関係のある調査として考えていたことをうかがわせるとすらいえるものである。そして同所長が被告人の依頼を職務とは無関係な個人的な性格のものと知りながら、自らの保身を計つて、ことさらに職務上の調査依頼があつたかのような形を作るために上級庁と連絡してその了承を得る行動に出たものであるとみることはできないし、また、個人的な依頼であつたから例外的に特別の許可を上級庁に求めたものであるとみることも相当でない。

(四)  被告人が本件身分帳簿の内容を入手・了知しようとした行動の内容につき検討してみるに、被告人はあらかじめ録音機をバツグ内に隠して持つて行き、ひそかに作動させ、提出された文書の内容を順次自分で音読してテープに録音したことが証拠上認められるのであつて、このような盗み取りの色彩の濃厚な行為に出たことからみても、被告人は身分帳簿の内容を入手したいという強い願望に駆られていたこと、そしてその目的のためには手段を選ばなかつたことがうかがわれるのであるが、それと同時に、このような、またはこれに類するような違法な方法にでもよらなければ、刑務所長の単なる好意的な便宜供与の配慮に頼つただけでは、容易には身分帳簿の開示は受けられないであろうという認識を持つていたと推認される。そして「自分は治安裁判等を研究している。」等と言つて刑務所側に電話で文書の閲覧を申し入れた後、刑務所長を訪ね、面接した際の被告人の同所長に対する言動をみると、被告人は裁判官の肩書のある名刺を渡し、本件身分帳簿の記載内容について尋ね、自らも閲覧し、写真撮影の許可を求め、「執行指揮と釈放指揮と診察のところが札幌高検にも本省にもない。」「自分は治安維持法関係の事件なんかを研究している。」「御存知だと思うが、司法研究というのがある。」旨を述べ、そのあと別室で写真撮影を終えたことが明らかである。ところで、被告人が刑務所長に述べた右の言葉や態度で特徴的なところは、裁判官として現に担当している事件について必要な調査であるということは全く口にしない反面、私的・個人的な研究のための調査であるということを告げたわけでもなく、その意図する研究の具体的内容等についても触れることなく、全体としてかなりあいまいな、簡単な説明に終わつていることである。しかしながら前述したように、一般に身分帳簿は私的な調査に対する好意的便宜供与としてたやすく開示されるような性質の文書ではないのであるから、「個人的研究のため」とか、「個人的な学問的研究のため」とかいう名目を表に出して閲覧・写真撮影などを求めても、許可を得ることは期待できないところであり、被告人としても、その間の事情は当然認識していたものと思われるのであるから、閲覧等の許可を得るためにはどうしても職務に関係づけて閲覧等の趣旨・目的を説明し、所長ら刑務所側の納得を得る必要があつたものと考えざるをえない。そうしてみると被告人の前記の言辞は、所長らとの間の単純な雑談として話されたにすぎない無意味な片言隻語ではなく、表現自体はかなりあいまい・簡単で暗示的なものであるにせよ、その内容は、事前の電話による申し入れと相まつて、被告人がかねて治安関係の事件を研究しており、また司法研究をするつもりもあるので、執務や研究の参考資料として身分帳簿を閲覧・調査し、その記載内容を了知したいという趣旨の明確な意味をもつた言葉として述べられたものと認めなければならない。そしてこれを聞いた所長の方でも、治安関係の事件の研究とか、司法研究とかいう言葉で表される裁判官の研究行為の具体的内容や裁判所部内における研究委嘱の手続の詳細は知らなかつたにせよ、被告人の身分帳簿の閲覧や写真撮影の要請は、裁判官としての職務上の研究の参考資料にするための調査行為の要求であると認識してこれに応じたものと認められる。

原判決は、被告人の所長に対する言辞は職権を行使している者の言葉としてはいかにも不似合いである、と指摘する。しかしながら所長としては裁判官に対する一般的信頼感や畏敬の念も若干あつたため、特別に疑惑の目で見るという態度をとることなく、好意的・紳士的に応待したという一面もないわけではないのであるから、このような場合、被告人としては露骨な強制や強要、ないしはすぐ露見するような特段の欺もう行為、その他職権行使を示す顕著な言動に出る必要度はそれだけ少なくてすむわけであつて、被告人と所長との間では一見、日常普通に交わされるような調子で会話のやりとりがなされたことがうかがわれ、このことは事の成り行きからしてもむしろ自然なことであつたと考えられるのであるから、被告人の所長に対する言辞の内容や調子を形の上だけで表面的に観察して、職権を行使している者の言葉としては不似合いであるとし、被告人の言動・態度が全体として職務に関係のある調査であるとの印象を相手方に与えた事実を否定する根拠とすることは相当でないといわなければならない。

また原判決は、治安維持法関係の事件の研究、司法研究という被告人の前記の言辞はすでに所長から写真撮影の許可を受けた後に発せられた言葉であるから仮装行為とはいえない、とするもののようであるので、この点につき検討するに、右の言辞は、所長が被告人の要請をいれて閲覧や写真撮影を一応許可した後、より明確に調査目的を確めようとしてその場で発問したのに答えて述べられたものであつて、時間的前後の関係に関する限り原判決の指摘するとおりであるが、被告人が辞去するまでの間は、所長としては被告人の調査目的や職務関係に不審を感ずれば、何時でも許可を撤回し、閲覧をすませた文書内容を他に流さないよう警告し、盗み取りされた録音テープを発見した場合にはテープの消去を求める等、被告人の所期の目的を阻止する措置をとることができる状態にあつたものであり、また、被告人としても所長との面談を終えて辞去することによつて入手資料の内容を完全に自分の支配内に置くまでの間は、所長に職務上の参考のための調査であるように信じさせ、疑問を抱かせないように振る舞う必要があつたのであるから、その間における被告人の言動は、所長の一応の許可の意思表示のあつた後の段階でなされた言動も含めて、すべて職権仮装の実行行為として評価すべきものである。

なお、同所長が被告人に対してとつた態度についてみるに、裁判所からの文書による正規の嘱託や依頼なしに身分帳簿の閲覧を許すなど、前述したように、相手が裁判官であることに伴う一般的信頼感、公務員間の親近感ないし連帯感等の気持ちが若干あつて、それが好意的・紳士的な態度となつて現れた一面がないわけではないが、だからといつて被告人が同所長の裁判官に対するこのような気持ちのみに依拠して単に裁判官の地位を利用するだけで身分帳簿を開示させることができたものとは到底考えられないところであつて、本件では証拠上、職務に関連のある調査であるという仮装行為があり、相手方も職務上の行為と認識していたものと認めざるをえないのであるから、同所長が被告人の要請に応じるについて、同所長の気持ちのなかに裁判官に対する信頼感あるいは畏敬の念がいくらか混在していたとしても、そのために職権濫用罪の成立が妨げられるものでないことは言うまでもないところである。

さらに付言すると、原判決は、所長が被告人の写真撮影の依頼を裁判官の職権の行使と判断していたのであれば、その写真が外部に発表されることを心配する必要はないのに、「これだけで発表するわけではないんですね。」と念を押し、また、被告人から診断書等をゼロツクスして送つて欲しい旨依頼された際、電子リコピーがあるのに、わざわざ手書きさせたものを送らせているのであり、このことも、同所長が被告人がコピーしたものをそのまま発表するのではないかという不安にかられていたことを示すものといえる、と判示する。しかし、司法研究など裁判官のする研究行為がどのようなものであり、どのような形式で発表されるものであるかについて詳細な知識をもつていなかつた所長が、身分帳簿の内容が、たとえ職務上の研究のためであるにせよ、それだけで、しかも写真やリコピーによつて原本とそつくりそのままの形で公表されることは適当でない考え、そのことを確認する趣旨で念を押したり、わざわざ手書きさせたものを送るという配慮をしたりすることは、所長の行動として十分了解可能な行為であり、同所長が被告人の調査要求を職務上のものと理解していたことと何ら矛盾するものではないと認められる。従つて、同所長に右のような言動があつたからといつて、これをもつて同所長が被告人の調査を私的なものであると認識していた証左であるとすることはできない。その他、原判決は同所長の証言が信用できないことを指摘する。しかし同所長の供述は、前示の録音テープによつて認められる情況とも全般的には符合し、他の証拠とも一致する内容のものである。もとより、被告人の申し入れに対してとつた対処の仕方について慎重さに欠けるところがあつたというそしりを免れない同所長としては、自らの軽卒さを取り繕いたい気持ちが働いたためか、その供述中にはそのとおりそのままは措信できない部分も若干見られないわけではないが、そのことの故に同所長の事柄の本筋に関する証言の信憑力を否定することは正しくないといわなければならない。

以上に説示したように、裁判官の一般的職務権限の範囲・内容、本件身分帳簿の性質、刑務所長の保管・管理の職責、ならびに被告人の閲覧要請に対処した刑務所長の措置、被告人の言動の内容等の諸情況を総合してみると、被告人の言動は裁判官としての一般的職務権限に基づく要求であると相手方を誤信させるに足りる外形を装つた行為であると認められるのであるから、本件につき職権仮装行為を認あなかつた原判決の判断には、職権濫用の成立要件を狭く解した法令解釈の誤りに基づく事実誤認、ないしは情況証拠を総合してなすべき被告人の行為に対する評価を誤つたことに基づく事実誤認があるといわなければならない。

次に職権により原審の審理手続について検討してみるに、本件公訴事実が摘示する被告人の言動は、宮本身分帳簿を調査・閲覧する必要のある事件を担当していない被告人が刑務所に対し、東京地方裁判所裁判官の肩書を付した名刺を手交したうえ、「私は労働、公安事件の裁判を担当し、調査・研究しているので、その参考にするために宮本顕治さんのことについて調べに参りました。」などと来意を告げ、あたかも自己が担当している裁判を遂行するのに必要であるかのように装つて、同所長をして被告人がその担当する事件について調査・閲覧する必要があるものと誤信させた、ということのほか、さらに、同所長に対して「私は、治安関係事件なんかを研究しておりましてね、それでご承知だと思いますけれども、司法研究というのがあるんですがね。」などと申し向けて、右身分帳簿のメモ及び写真撮影の許可を申し出て、右申出が前同様現職裁判官としての職務上の必要によるものと誤信した同所長をしてこれを許可せしめ、右身分帳簿につき、メモ及び写真撮影をした、という内容のものであつて、現に担当している事件の裁判に必要であるかのように仮装した事実だけでなく、司法研究その他職務上の研究・参考に資するための調査や資料の収集を行なうかのように仮装した事実も、職権濫用行為の内容として主張されていると解し得るものであるから、原審としては、検察官に対し釈明・勧告、その他適切な訴訟指揮をすることによつて、当裁判所が説示した趣旨の職権仮装行為の訴因を明確にしたうえで、果たして司法研究その他職務上の調査・研究の具体的計画が真にあつたかどうか等について被告人に反証の機会を与え、さらに審理を尽くすべきであつたといわなければならないのに、これをしなかつたのは訴訟手続の法令違反であると認められる。

そして以上の事実誤認ならびに訴訟手続の法令違反による審理不尽はいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は、他の控訴趣意に対する判断をするまでもなく、破棄を免れない。論旨は理由がある。

なお、検察官は、当審において、国家公務員法違反の罪の訴因を予備的に追加したが、本件においては、前示の破棄事由についての審理・判断が予備的訴因の検討に先き立つてなされるべきものであるから、当裁判所は、予備的訴因については特に判断をせず、刑訴法三九七条一項、三七九条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条本文により本件を東京地方裁判所に差し戻すこととする。

(小松正富 石丸俊彦 佐野昭一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例